2021年2月27日土曜日

オーバーサイズの歴史と2つのスタイル

ファッション雑誌を見ていると、 長期に渡って婦人服の流行の一つに「オーバーサイズ」がキーワードになっているように思います。ダボッとした洋服は体のラインが見えにくいし、何より着ていて楽な感じがしますし、見ている人にも柔らかい印象を与えます。

 

このオーバーサイズの洋服には長い歴史があります。

 

一つはアメリカのヒップホップ文化の歴史です。ヒップホップというのはラップに代表される音楽だけに留まらず、ブレイクダンスやグラフティーアートなど様々な文化的要素が含まれています。有名なアーティストのファッションを思い浮かべると、オーバーサイズのダボダボの洋服とゴールドの装飾品というのが典型のように思います。


ヒップホップはアメリカの貧しい黒人街から生まれたものなので、洋服にかけるお金が無く、必然的に子供のころから成長を見越して、あるいは適当な古着を買うことでオーバーサイズの洋服を着ることになります。大人になってもそのスタイルを変えずにオリジナルを守る意識でオーバーサイズの洋服を着ていたのではないでしょうか。(なお、高価な金の装飾品はすぐ換金できる資産を身に着けていないと危ないという要請によるものと言われています。)


音楽やダンスなど文化面での受け入れがなされるとともに、この止むに止まれぬオーバーサイズはかっこいいものになっていって、現代のオーバーサイズの流行につながっているのかもしれません。


しかし、女性が男性用のシャツを着るというのは流行ファッションの一つのやり方として定番ですが、前開きのワイシャツのような比較的高価な洋服がヒップホップ文化だけで説明できるようには思いません。もう一つなにか理由があるはずです。

 

このあたりは男性ファッションの取り入れの歴史が関係しているのではないかと考えられます。


長い歴史を見てみると女性の洋服は男性の洋服よりも多くの場合窮屈でした。例えば18世紀の貴族の女性はコルセットで体の形が変わるほど締め付けられ美を競い合っていました。当時の「男性の付属品」としての女性は見た目を改造してでも美しく有ることが求められていたのです。


ここから現代に至るまでの過程は、物理的にも精神的にも締め付けの開放の歴史でした。まずコルセットのような無理なファッションを止めて体型にあった洋服が作られるようになり、物理的な開放が始まります。並行して男女差別の撤廃による精神面での開放が進んでいきます。


特に精神面での開放はいくつかの新しい考え方を生み出しました。女性が男性の洋服を着ても特に変だと思われないようになったり、自由恋愛によっていわゆる彼シャツ (彼氏のシャツを借りて着る少女漫画などでも見られるファッション) みたいなことをしても昔ほど白い目で見られないようになったりしてきます。女性が男性の服を着る場合には必然的にオーバーサイズになり、これの受け入れも同時に進んでいったのかもしれません。

 

さて、長い歴史と文化の影響を受けたオーバーサイズの洋服ですが、縫製工場の目から見ると二種類あるような気がしています。

 

一つは「本当にオーバーサイズの洋服」です。これは先程の彼シャツのように、実際に体が大きい人のために作られた洋服を体が小さい人が着ている状態です。当然裾や腕の丈も大きくなれば、肩のラインも合っていません。(彼シャツだったら性差があるのでもっと色々不都合はあるでしょう。洋服の着心地としてはそれほど良くないのかもしれませんが、これはこれで独特の「外し感」とか「ヌケ感」のようなものが出てきます。

 

もう一つは「オーバーサイズに見えるようにデザインされたフィットする洋服」です。これはデザイナーが意図的に考えて、オーバーサイズになっているのですが要所要所ではサイズが合っているという離れ業をやってのけた洋服ということになります。例えば肩の縫い合わせ線は肩よりも下に下がっているけれど、裁断の仕方で肩部分が合っているというような、そんな洋服です。当然、上記のような単純なオーバーサイズに比べると着心地が良いですし、外観上はオーバーサイズの良いところが出てきます。

 

広く受け入れられている流行ファッションには、実は長い人間の歴史が裏に潜んでおり、そこに更に着る人やデザイナーの意図が重なっています。