2021年7月3日土曜日

「価格」と「研究」

量販店の洋服と百貨店の洋服、一見同じような洋服にかなりの価格差があるのを感じたことはないでしょうか。例えば普通の白のブラウス。量販店なら5千円くらいまでのことが多いですが、百貨店だと1万5千円、高級品だと2万円を超えるものも珍しくありません。同じ布と糸からできた洋服に、どうしてそんなにも差が出るのでしょうか。

理由の一つに洋服が企画されてから出来上がるまでの「研究」の過程があります。

一つの新製品を新たに作る場合、デザイン画を描き、そこからパターン (型紙) を作り、材料を揃えてまずは一着縫製してみます。平面から立体にして、確認するわけです。

こうしてできあがったサンプルを検討しより良い製品となるように、修正を加えていきます。全体のバランス、着心地などがより良くなるように、着丈や袖丈、襟周りの形、その他のすべての要素についてパターンを修正して、もう一度縫製しサンプルを作ります。これを二度三度と繰り返し、検討に検討を重ねてやっと製品用のパターンが完成するのです。これには大変な費用と時間がかかります。

それでもサンプルを作って確認するのは、少しのことがとても大きいからです。

例えば、パターンの修正のときに裾幅を少しだけ広く1センチ横に出したとします。1センチなんてほとんどわからない程度と思うかもしれませんが、出来上がりを見るとなんだか大きく感じることがあります。パターン上では一箇所1センチですが、それは左右前後、それぞれに1センチずつ影響を与えて、一回りでは4センチ大きくなって出来上がります。つまり、パターン修正の1センチは4センチなのです。

パターン修正の過程では思い描いているデザインが全く違ってしまう事になりかねないのです。これは他の要素それぞれについて同じですので、ミリ単位の細かな修正が毎回必要になりますし、型紙だけから想像することはプロでも難しいことになります。

また、例えばバリエーションを作るために生地を変えたら、厚さ、硬さ、柄の違いほんの少しの違いでも、デザインが違ってしまったかと思える程印象が変わる事もあります。こうなるとまた「研究」が全てではないですがやり直しになります。

それでも、良い洋服を作るために、費用と時間がかかる事を厭わず繰り返し作ってみるのです。

さて、百貨店に並んでいる洋服は、もちろん種類にもよりますが、概ね一回の企画から生産で50着程度しか作られません。そうなると「研究」にかかった費用はその50着に分配されることになります。当然その分価格が上がってしまうのです。それでも何度も何度も検討を重ねた洋服にはその価値があります。

量販店ももちろん、「研究」を行っています。しかし、量販店はもっといろいろな要素が「研究」に要求されます。量販店で販売する洋服の数は百貨店でのそれと比べると、途方も無い枚数になります。生地の余りが最小限になる裁断方法のパターンになっているか、海外の工場でできるような縫製方法だけで対応できるのか、中間製品まで含めて輸送しやすい状態にできるのかなど、大量生産を実現するための要件もまた「研究」の対象になるのです。この過程では理想的な美しさや着心地とこれらの要件のバランスを考えることになり、ときには妥協もあるのかもしれません。

しかし、量販店の洋服では「研究」にかかった費用を途方も無い枚数の洋服に分配するので、一着あたりの影響は大きくはありません。これがお求めやすい価格に少なからず貢献しているのです。

量販店の洋服と百貨店の洋服、どちらの洋服にも違った良いところがあります。その背景には「研究」とその目的の違いがあるのかもしれません。

2021年2月27日土曜日

オーバーサイズの歴史と2つのスタイル

ファッション雑誌を見ていると、 長期に渡って婦人服の流行の一つに「オーバーサイズ」がキーワードになっているように思います。ダボッとした洋服は体のラインが見えにくいし、何より着ていて楽な感じがしますし、見ている人にも柔らかい印象を与えます。

 

このオーバーサイズの洋服には長い歴史があります。

 

一つはアメリカのヒップホップ文化の歴史です。ヒップホップというのはラップに代表される音楽だけに留まらず、ブレイクダンスやグラフティーアートなど様々な文化的要素が含まれています。有名なアーティストのファッションを思い浮かべると、オーバーサイズのダボダボの洋服とゴールドの装飾品というのが典型のように思います。


ヒップホップはアメリカの貧しい黒人街から生まれたものなので、洋服にかけるお金が無く、必然的に子供のころから成長を見越して、あるいは適当な古着を買うことでオーバーサイズの洋服を着ることになります。大人になってもそのスタイルを変えずにオリジナルを守る意識でオーバーサイズの洋服を着ていたのではないでしょうか。(なお、高価な金の装飾品はすぐ換金できる資産を身に着けていないと危ないという要請によるものと言われています。)


音楽やダンスなど文化面での受け入れがなされるとともに、この止むに止まれぬオーバーサイズはかっこいいものになっていって、現代のオーバーサイズの流行につながっているのかもしれません。


しかし、女性が男性用のシャツを着るというのは流行ファッションの一つのやり方として定番ですが、前開きのワイシャツのような比較的高価な洋服がヒップホップ文化だけで説明できるようには思いません。もう一つなにか理由があるはずです。

 

このあたりは男性ファッションの取り入れの歴史が関係しているのではないかと考えられます。


長い歴史を見てみると女性の洋服は男性の洋服よりも多くの場合窮屈でした。例えば18世紀の貴族の女性はコルセットで体の形が変わるほど締め付けられ美を競い合っていました。当時の「男性の付属品」としての女性は見た目を改造してでも美しく有ることが求められていたのです。


ここから現代に至るまでの過程は、物理的にも精神的にも締め付けの開放の歴史でした。まずコルセットのような無理なファッションを止めて体型にあった洋服が作られるようになり、物理的な開放が始まります。並行して男女差別の撤廃による精神面での開放が進んでいきます。


特に精神面での開放はいくつかの新しい考え方を生み出しました。女性が男性の洋服を着ても特に変だと思われないようになったり、自由恋愛によっていわゆる彼シャツ (彼氏のシャツを借りて着る少女漫画などでも見られるファッション) みたいなことをしても昔ほど白い目で見られないようになったりしてきます。女性が男性の服を着る場合には必然的にオーバーサイズになり、これの受け入れも同時に進んでいったのかもしれません。

 

さて、長い歴史と文化の影響を受けたオーバーサイズの洋服ですが、縫製工場の目から見ると二種類あるような気がしています。

 

一つは「本当にオーバーサイズの洋服」です。これは先程の彼シャツのように、実際に体が大きい人のために作られた洋服を体が小さい人が着ている状態です。当然裾や腕の丈も大きくなれば、肩のラインも合っていません。(彼シャツだったら性差があるのでもっと色々不都合はあるでしょう。洋服の着心地としてはそれほど良くないのかもしれませんが、これはこれで独特の「外し感」とか「ヌケ感」のようなものが出てきます。

 

もう一つは「オーバーサイズに見えるようにデザインされたフィットする洋服」です。これはデザイナーが意図的に考えて、オーバーサイズになっているのですが要所要所ではサイズが合っているという離れ業をやってのけた洋服ということになります。例えば肩の縫い合わせ線は肩よりも下に下がっているけれど、裁断の仕方で肩部分が合っているというような、そんな洋服です。当然、上記のような単純なオーバーサイズに比べると着心地が良いですし、外観上はオーバーサイズの良いところが出てきます。

 

広く受け入れられている流行ファッションには、実は長い人間の歴史が裏に潜んでおり、そこに更に着る人やデザイナーの意図が重なっています。